タクシーが白金台付近に入ると、周りは閑静な住宅街になった。
いかにも高級そうなマンションや、古くからの一軒家が目に入る。
次の約束も取り付けないで家が近づくと、私の中は複雑な気持ちで満たされていった。
「そうだったわ。ハンカチ、返してちょうだい」
「ハンカチ?あ、そうだったね。ごめん、忘れた」と彼はあっさり。
「何言ってんのよ。返してくれる約束だったでしょう?」
「ごめん、ごめん。ホントに忘れてた」
「嘘ばっかり。ホントは返す気なんてないんでしょ?」
彼のペースに巻き込まれっぱなしがいやで、またも意地悪が口をつく。
「そうかもね。数ヵ月後にはネットオークションでせりにかけられてたりして?“銀座の高級クラブ、マダム・バタフライの元№1ホステス使用済みハンカチ”ってね♪」
「ふざけないでよ」
私は軽く彼を睨んだ。
「高く売れると思うぜ?何てたってこんなにイイ女のものだからな」
意味深に唇の端を曲げて啓人は笑った。
人懐っこい子供みたいな笑顔じゃない。どこか色気を含んだ大人の男が見せる笑み。
笑顔の下に狡猾とも言えるしたたかさが見え隠れしている。
「呆れた」私は吐息をついて窓の外を眺めた。
本当は返して欲しくない。
次に会う口実が欲しかったから。
したたかなのは私の方ね……
そんなことをぼんやりと考えていると、啓人の大きな骨ばった手が私の手にそっと重なった。



