啓人がトイレに立ったとき、私は何気なく大将に聞いた。
「ねぇ彼ってどんな人?私実はあまり知らないのよね。仕事とかも、はっきりと分からないし」
大将はちょっと意外という風に面食らった。
「どんなって…お姉さん、あいつのこと知ってて付き合ってるんじゃねぇのかい?じゃ、あいつの親父さんも?」
「残念だけどほとんど知らないわ。お父様は有名な方なの?」
「有名ちゃ有名だけど……もしかして、あいつ名字言ってないのか?」
「名字……」
そう言えば知らない。下の名前だけだ。
彼もどうせ遊びだと思ってるに違いない。だから最初から本名を明かさないつもりだったのだ。
「あいつは―――」
大将が言いかけたとき、啓人が戻ってきた。
私は何でもないように大将に笑いかけ、「次、熱燗行こうかしら」と話題を逸らした。
その後も大将は、啓人の素性についてそれらしいことは漏らさなかった。
啓人が居る前で憚っているのか、それとも彼が話したがらないことを自分の口からは言えないと思っているのか
そのどちらのようにも思えたけれど、大将の人の良い笑顔はそのどちらでもない気がした。
案外
この人も相当なくせものね。
熱燗の猪口を口に運びながら、私は煮え切らない何かを抱えていた。



