啓人が連れて行ってくれるお店と言うのを私は漠然と想像していた。
それは高級フレンチだったり、またはイタリアンだったり…それとも料亭の会席料理かしら?中華料理だったりして。
萌羽には大したことないわよ、なんて言ったけれど。
どんな場所でも対応できるような服装にはしてきたけれど……
「いらっしゃい!」
白い白衣をまとった板前さんが威勢の良い声で出迎えてくれた店に
正直、拍子抜けした。
藍色の暖簾がかかった戸をくぐると、カウンターが広がっていて、その奥には小さな座敷がある。
カウンターには仕事帰りだと思われるサラリーマン。座敷にも同じようにサラリーマン風の男二人がビールを飲んでいた。
“居酒屋”って言うのかしら。小料理屋って言った方が合ってるかも。
一言で言うと『家庭的』そう、その言葉が一番しっくりくる。
狭い店内の奥に小さなテレビが置いてあって、バラエティー番組が流れていた。
店主と思われる40過ぎの板前さんは、啓人を見ると、
「おぅ!久しぶりだな」と気さくに声をかけ、そして彼の高い身長の後ろに隠れている私を見つけるとびっくりしたように目を丸めていた。
「何でぇ?今日はえっらいべっぴんさん連れじゃねぇか。これか?」店主は白い歯を見せて笑うと、小指を立てた。
「そんなところ。美人にサービスしてあげてよ?」
啓人は軽く笑って、慣れた足取りでカウンターの前まで移動した。私も彼のあとについていく。
「お前が彼女を連れてくるなんて初めてじゃねぇか?」と店主はどことなく嬉しそう。
「しかもこんな美人♪」と付け加える。
「はじめて?」私はカウンターの一席に腰を落ち着かせた啓人の横顔を見た。
「いつもは一人だよ?女を連れてきたのは紫利さんがはじめて」
紫利さんがはじめて
その言葉を頭の中で反芻させ、そしてドキドキと高鳴る心臓の音を感じた。
彼の特別になった気がして
でもそれがまやかしであることを忘れることは
できなかった。



