恐ろしいまでの彼への気持ちに、私自身怖くなった。
あの歳若いオトコ―――
彼の手の中に捕まった小さな蝶。
今の私はまさにその蝶だ。
電話が鳴り出したのは、走り出して5分というところだった。
車が明治通りの広尾一丁目を右折しようと信号で止まっているところ。
左側に大きな灰色のビルが聳え立っている。
“神流(カンナ)GROUP本社ビル”だった。
世界の神流と名だたる本社ビルは、高さこそないものの、その名を誇るだけのどっしりとした威厳を湛えたビルだ。
現会長の神流 昴は、マダム・バタフライの顧客の一人。
彼は紳士で、酒の飲み方からホステスに対しての対応、話の内容に至るまですべてが優雅でそつがない。金持ち独特の嫌味な雰囲気はなく、細やかな気遣いができて、それでいて退屈しない男性。
店の女の子たちも彼が来店するとき、華やいだ雰囲気になっていた。
私も何度かお話のお相手をさせてもらったことがある。
話しを交わすと意外にも身近に感じたけれど、このどっしりとした構えのビルを見ると彼が雲の上の人であることが分かる。
何故そう思ったのかしら。
あの啓人と、神流会長の影が―――、一瞬重なった。
私のバッグの中で携帯が震えたのを感じて、私はその考えから引き戻された。



