「よーっす…」
まるで長年の友人かのような気軽さで、彼が挨拶する。
「―――ぉう。今ぁ??今は…えーっと…」と首を傾けて、私の方を見上げてきた。
「どこだっけ?」と問いかけてくる。
どうゆう神経してるのよ。思わずそう言いたかったけれど、私は小声で答えた。
「恵比寿のホテルよ」
「恵比寿のホテルー。―――っえ?そー。一緒ぉ」と私の方に目配せして、彼はちょっと笑った。
電話の相手は―――女……よね?
でも、どう考えても女との会話には聞こえない。
だけど電話から洩れてくる声は―――間違いなく女だった。
『この遊び人!』と怒鳴る声が聞こえたときは、びっくりして私は思わず目を丸めた。
でも声の感じからして……若い女であることは間違いがないようだ。
直感。それが“アヤコ”なる女だと気付いた。
「うっせぇな。俺がどこで何をしようと関係ねぇだろ?」
彼は携帯を耳から離すと、ちょっと迷惑そうに顔をしかめて抗議している。
「―――っえ?書類に不備がぁ?んなもん、月曜日にしろよ。大体お前こんな時間まで仕事してるのか?―――あ、そう。出張帰りね。今度はどこよ。―――ふぅんフロリダねぇ」
二、三そんなような返事を返して、彼の顔色が変わった。
「は?村木が―――?」
あの射る様な視線。
凍るような冷たい視線。
水の色をした
冷たい灰色の瞳。
「分かった。30分で行く」
真剣な口調で、彼は慌てて電話を切った。



