そのうちに新しい客が数人入ってきて、私はいつものとおり一人でグラスを傾けていた。
そのときだった。
「いらっしゃいませ」ユウくんの挨拶に、私は顔を上げた。
黒に近いダークグレーのスーツ。シャツはライトグレーで、同じ系統でまとめたネクタイはシンプルだけどどこか洗練されていた。
無造作にセットしてある髪も、纏っている香水や雰囲気も全部―――
あのとき別れた日と何一つ変わっていない。
「あら。早かったのね」
私が手を上げると、
「走ってきたよ。着物、綺麗だね」
啓人は私の頬にキス。まるで外国の男のようにそれはスマートな仕草で慣れていた。
啓人の纏った香りが上品に香ってきて、それに混じって少しだけアルコールの匂い。
走ってきたと言ったけれど僅かに顔が上気しているし、喋り方もいつもよりゆっくりだ。
「走ってきた?嘘おっしゃい」
苛めるようにちょっと笑ってやるとユウくんに
「ギムレット」と啓人は短く注文する。
「少し薄めにね」
私は人差し指と親指の間を数センチ開けてユウくんに笑いかけた。
ユウくんも分かっていたのか深く聞かずに
「かしこまりました」
と短く返す。
「何で?」啓人だけが不思議そうにしていた。
「何でって、飲んできたんでしょ?」
「あ、もしかして酒臭い?」
啓人が思わず口を覆って私は笑いながら、首を横に振った。
「啓人はいつもいい香りよ。あなたの香水って大好き。
お酒が入ってるかどうかなんて、匂いじゃなくてもすぐ分かるわ。お水を何年やってたと思うの?」
ちょっと意地悪く言ってやると、啓人は悪戯っ子のようにちらりと舌を出した。



