萌羽が出かけていって部屋に一人になった。
「さて、と。私は部屋でも探そうかしら」
一人の部屋で物件の情報誌をぺらぺらと捲る音だけが響いた。
その乾いた音だけを聞いて、でも不思議と寂しいとは思わなかった。
蒼介の居ないあの広い家で一人で夫の帰りを待ってるときよりも、
いつも行為の後に眠ることもなくさっさと帰ってしまう啓人の背中を見送ったときよりも
全てをなくしてはじめて
本当の安らぎを手に入れた気がした。
この際だから、やりたかったこと全部やってしまおう。
シャツとジーンズと言うラフな格好で、化粧もせずに近くのビデオレンタルショップに行って、
ついでに寄ったコンビニでビールとタバコを買う。
一人の部屋でくだらないコメディ映画を観ながら声を挙げて、ソファで眠ってしまう。
まだ日も昇ってないうっすらとした夜明けに目覚めて、ふと思い立って
大好きな旅行を計画する。
前の私なら考えられなかったけれど、でも今は―――
全部できる。
急に自分が違う人間になった気がして、楽しかった。
“萌羽へ
一週間ほど、旅行に行ってきます”
私はオーストラリア旅行を決めた。ほとんど思いつきだったから、
短い置手紙だけを残して、スーツケースを引きながら成田空港に向かった。
以前、この空港で啓人の姿を見つけて、私は人の波の中無我夢中で彼の姿を探した。
彼の香りを探した。
でも今は
その偶然すらも考えることなく機械的にチェックインのカウンターに並ぶ。
カウンターに並んだ乗客の背中に見覚えのある背を見た。
「蒼ちゃん………?」



