思い出そうとすると涙が浮かんでくるのは、まだ彼らに未練があるからだろうか。
いいえ違う。
彼らを振り回し、傷つけ、苦しめ、悲しませたことを悔いているから―――
今度は私がこの思いに立ち向かい、受け入れる番。
グラスの中で氷がカランっと乾いた音を立てた。
あの月下美人の入った焼酎は、まだ半分以上残っている。
飲む気にならないのは、美しい想い出をすぐになくしたくなかったから。
―――…萌羽が化粧を終えて髪をセットしていたときだった。
ピンポーン…
インターホンが鳴って、ヘアアイロンを使っていた萌羽とドレッサーの鏡の中で目が合った。
「姉さんごめん、今手が離せないの。出てくれる?」
私はインターホンのカメラに向かうと“応答”ボタンを押した。
「はい、どちらさま?」
『あ…あの!大上と申しますが』
映ったのは三十代半ばの冴えないサラリーマン風の男だった。
私も数回会ったことがある。近くの銀行に勤めている銀行マンだ。
「萌羽、大上さん…下にいらっしゃるけど、今日デートだったの?」
「え!?」
私の言葉に萌羽がびっくりしてドレッサーの椅子を倒しながら立ち上がった。
「い、いえ!デートとかじゃなくてね…」
萌羽が慌てて手を振る。
「デートなんでしょう?いいじゃない、優しくて誠実そうな人だもの」
私が微笑を浮かべると、萌羽は白い顔を赤くさせて俯きながら横の髪を耳に掛けた。



