啓人の唇がうなじから離れていった。
「飛ぶことに疲れたらさ、
また戻っておいでよ。
俺はいつでもあなたの宿り木になる」
私は啓人に抱きしめられたまま、ゆっくりと瞼を下ろした。
疲れても決して
この腕に縋らない。
体は許しても、
気持ちはもう、ここに留まっていてはいけない。
――――
―
別れの言葉を曖昧に流されたようだった。
しかし最初から私たちの間に確たる何かがあったわけじゃないのだ。
今更別れだとか、こだわっていた私の方が…もしかして啓人より子供だったのかもしれない。
女は夢だとか愛だとか形ないものを求め、
男は家族だとか子供だとか形あるものを求める。
すべての人々がそうだとは思わないけれど、でも何となく……そう思った。
それを考えると、答えを出せずにいる私は蒼介にとって酷い女だ。
―――…その春、桜の木が固いつぼみをつけはじめた頃、
義母が退院した。
このときを待っていたわけではない。
いつまでも白黒はっきりさせない私は、随分と蒼介を苦しめていたと思う。
私は“離婚届”一枚を置いて
家を出た。
さよなら
蒼ちゃん
不実な妻を許してください―――



