啓人の纏った爽やかな香水に包まれ、その香りだけで脚のつま先から頭のてっぺんまで甘い痺れが走る。
「……ちょっ…」
口付けの合間に、酸素を求めるように顔を離そうとしたけれど
啓人はそれを許さないかのように顎先を掴み、私の顔を上に向かせる。
「…啓…ん…!」
強引な彼の行動に最初は抵抗して胸を押したものの、まるで飢えた獣のような口付けに
やがて抵抗するのを諦めて私は大人しく彼の背中に手を回した。
「誰?」
もう一度低く聞かれて、それでも啓人は私の答えを聞く前に私の肩にトンと頭を置く。
私は小さく吐息をついて
「宝石店の外商の次は売れない小説家?
あなた会うたび職業が違うけど?」
ちょっと意地悪く返してやると
「本当の俺を知りたい?」
啓人は耳元でそっと囁いてきた。
「知ってるわよ。しがない営業マンさん」
啓人の肩をちょっと押し戻すと、彼は顔を上げて私を見下ろしてきた。
「本当の俺は―――
紫利さんのことが、結構好き―――
頭が良くて大人で、かっこよくて色っぽくて…」
啓人は私の頬に手を伸ばすと、包み込むように優しく撫で上げた。
「知らなかったわ」
彼の目をまっすぐに見つめ返して答えると、
色の違う瞳がちょっとだけ切なそうに揺れて、もう一度抱き寄せられる。
「旦那じゃないってじゃぁ誰なんだよ」
もう一度不機嫌そうに聞かれて、
「旦那の知り合いって程度。銀座で派手に遊んでたみたいだから、ちょっと説教してやっただけよ」
私の答えに啓人は面白そうに喉の奥で低く笑った。
「かっこいいな、惚れ直すよ」
「そ?あんた自分は派手に遊んでるくせに遊び相手にはヤキモチ?
自分勝手なお子ちゃまね」
思わず苦笑いを漏らすと、啓人の…さっきまでの強引とも呼べる力が抜けたのに気付いた。
私は今度こそ啓人の肩を押しのけようとしたけれど、
それほど力を入れてないように見えたのに啓人の体は離れていかなかった。
「ヤキモチかぁ…なるほどね。初体験だな。
紫利さんは遊び相手じゃないよ。本気だったら良いの?」
どこまで本気なのか―――
「そう?じゃぁお赤飯炊かないとね。退いて」
「離さない」
いつになく聞き分け悪い啓人がちょっと体を屈めて私を真正面から見つめると、
僅かに顔を傾けて、再び口付けを落としてきた。
さっきの激しいキスじゃなく、今度のはどこまでも優しい
口付け。
「離したくない」



