教授は呆然と私を見つめ、私はそんな間抜け面の教授にハンカチを投げた。
「あらいやだ。教授、水に濡れてますわ。これでも使って?」
私が皮肉そうに笑うと、教授は忌々しそうに私のハンカチを手にとり乱暴に広げた。
「それ、そのハンカチ。
イニシャル Y・Kて刺繍してあるでしょう?」
私が言うと教授はそのハンカチをまじまじ。そしてはっとなったように目を開いた。
「私の旧姓、葛西って言うんですの。
そのハンカチにしみこんでいるのはナイトクイーン。
別名、月下美人。
あら、あなたもお気づき?
そう、さっきのあの若くて売れない小説家の話と同じ」
教授はハンカチと私を交互に見つめて唖然。
「言いふらしたいのならどうぞ。
でも私はあなたみたいに、こそこそしない。
蒼介のせいになどしない。
私は覚悟している。何もかも失う覚悟をね」
私が真正面から言い放つと教授は口をぱくぱく開きながら、何か言いたげに私を見てきた。
けれどその言葉が発せらる前に私は
「あ、そうそう。この名刺お返しするわ」
私が銀座のクラブ名と名前が入った名刺を彼に突きつけると、
「何故これを?」と教授が目を開いた。
「有名産婦人科教授と銀座のクラブのホステス?笑っちゃうわ。
とんだ三文小説ね」
はっと笑って、私は彼が名刺を受け取る前に手を離した。
名刺がひらひらと宙を舞い、上質なカーペットを敷き詰めた床に落下する。
「さっきお手洗いに立ったとき、私そのお店に電話をかけて彼女と直接話をしたの。
あなた独身だと彼女に言ってるみたいじゃないの。
『不倫の常套句ね。私もバカだったわ、あんな男に夢中になるなんてね。
もう二度と店には来ないで。さよなら』
ですって。
ちなみにそのクラブではあなたとの仲を知らない人間はいないそうよ?
幸いに、彼女は売れっ子ホステス。たかだかあなたのような客一人失っても、ちっとも痛手じゃないみたいよ?
あっけない末路ね」
私が鼻で笑うと、教授はその名刺が落ちた場所へ、へなへなと崩れた。
私はみっともなく崩れる教授を冷めた目で見下ろし、
「銀座の女を舐めんじゃないよ」
一言言いおくと、その場を立ち去った。



