Addict -中毒-






最低な男ね。





私は喉から出かかった言葉を何とか飲み込んだ。


手を乱暴に振り払いたかったけれど、それも何とか押し留めた。


ラウンジの、私たちが座ったこの席は幸か不幸か観葉植物の葉が邪魔をしてオープンな出入り口から死角になっている。


万が一教授会メンバーの誰かが通りかかってもちょっとやそっとでは私たちの姿に気付かないだろう。


「奥様と何かあったのですか?」


私はさも気にかけているように心配そうに眉を寄せて教授を見つめた。


「特にこれと言った何かはないですよ。まぁ価値観とか夫婦が共有する当たり前のものがすれ違ってしまっただけです」


教授は淡々と語り、「気にするな」と言いたげだ。


「奥様と離婚は?」


更なる質問を投げかけてみると、


「お互い立場ってものがありますしね。教授界は中々難しい場所なんですよ」


教授は私の手に自分の手を重ねたまま大仰にため息をつく。


「立場?もしかして奥様が離婚に応じないと?」


私が聞くと、


「いや、その気になればあれだって考えるでしょうね」


「その気になれば…と言うことは奥様は離婚してもいいと考えてらっしゃるわけですね。問題はあなたに?」


「医学界は狭い世界です。離婚は立場に影響するものですよ。あなたもご存知でしょう?


たかが“夫婦”と言うくくりじゃないですか。


藤枝くんが離婚となると彼の立場が危うくなる。でも偏屈で変わり者の彼のお相手だけは退屈でしょう?


そう言う意味で、私たち“気”が合うと思いませんか?」


私が見てきた“紳士”の仮面はもはや欠片ほど残っておらず、


下品に笑ったその笑顔に嫌悪感しか抱けなかった。







「呆れた」





私が低く言うと


「え?」


教授が目をまばたきながら間抜けな問いかけをしてきた。


私は彼の手を乱暴に振り払うと、





「何が立場よ。そんなの言い訳じゃない


気が合うですって?ふざけるのは顔だけにしなさい」





私は教授を睨んで、お冷をその間抜け面にぶっかけてやった。


バシャン!


派手な音を立てて水がぶちまけられる。


一瞬何をされたのかも理解できないように、教授はただ呆然と立ち上がった私を見上げていたけれど、


数秒遅れではっとなったように目を開いた。


「な、何をするんだ!」


教授も声を荒げて立ち上がる。


ラウンジに居た客達が何事かこちらを注目していた。


教授はその視線に気付いたのか居心地悪そうに視線を泳がせて慌てて席に座ったが、


私はそんなのお構いなしに立ったまま続けた。





「離婚する覚悟もないくせに、外に女作ってんじゃないわよ。


奥様がどれだけ心を痛めているか、あなたは考えたことがないんですか?



恋をするのは自由ですけどね、





何もかも捨てられる覚悟がなきゃ、




不倫なんてするな。




最後に奥さんのところへ戻ればいいとお考えだろうと思いますけどね、






生憎女はそんな都合の良い生き物じゃないの」