「はは…若いということは素晴らしいことですなぁ」
何と答えていいのか困惑したように教授は言葉を濁しながら無理やり笑う。
当たり障りのない返答に合わせて私も笑った。
啓人は前を向いたまま続ける。
「例えばですけど、
ある晩、とあるバーで…
俺がグラスの中の飲み物をこぼしたとしますよ?
その水滴を拭くのに彼女はハンカチを貸してくれるんです。
そこにはイニシャルが刺繍されてて」
そこまで言われて私の顔が歪むのが分かった。
ドキリ
心臓が強くなって思わず胸の当たりを押さえる。
そのときのハンカチを―――私は今手にしている。
思わずぎゅっとハンカチを握ってイニシャルを手の内に隠した。
「ほぉ、面白い“想像”ですな」
と教授は冗談ではなくその話が面白かったのか、さっきの怪訝そうな表情から一転、自然に笑顔を浮かべた。
想像ではなく、啓人はあの夜―――…私たちがはじめて会話を交わした夜のことを言っているのだ。
「そのイニシャルは何て?」教授が興味深そうに聞いて、啓人は僅かに振り返った。
「Y・K
とだけ書かれていたんです。
ハンカチから香ってくるのはナイトクイーン。
魅惑的な唇から漂ってくるのはラムとホワイトキュラソー。
忘れられない口づけでした。
彼女はまるで中毒のように俺の心を掴む」
啓人の左右で違う色を持つ宝石のような瞳は、教授ではなく
私を
捉えていた。
まるでガラス玉のようなその瞳に、困惑した様子の私が歪んで映る。



