「いえ。勘違いだったらごめんなさいね。でも……少し不自然だったように見えたので」
夫人は慌てて手を振り、
「私ったらいやね。自分のところだそうだからって、他人もそうかとついそう言う目で見ちゃって」
「……いえ、お気になさらず…」
再び頷いたが、肯定も否定もできなかった。
「もう戻らなきゃ。ごめんなさい、くだらない話をしてしまって。
これ、口止め料。少ないけれど」
夫人はまだ二本しか減っていない箱を私に差し出し、灰皿にタバコを捨てると、
喫煙ルームの扉を開けた。
“口止め料”とは言ったが
出て行く際に彼女は「この話は秘密で」と言い置いていかなかった。
私が不用意に人の秘密を言いふらす女じゃないと思っているのか、或いは噂されても構わないと思っているのか。
どのみち私は彼女のことを誰にも打ち明けるつもりはないけれど。
そもそも銀座の女は口が堅いので有名なのだ。
いくら店を辞めたからと言って、そのスタイルを早々に崩す気はない。
タバコの箱を改めて見ると、箱に名刺が一枚挟み込まれていた。
私も知っている、それはマダムバタフライと並ぶ銀座でも名の知れたクラブ名だった。
源氏名も書かれている。
「口止め料。確かに受け取らせていただきました」
いくらその道のプロだからと言って何をしても許される身ではない。
教授界の中じゃ銀座の女をかこうことはステータスかもしれない。
でもそれは決して許されることじゃない。
女を舐めないでよ。



