「ここだけの話、あの人…外に女が居るの」
半ば予想していただけに、あまり驚かなかった。
「驚かないんですね」そう聞かれて、私は小さく頷いた。
女が話を聞いてほしい内容なんて、ほとんどが男絡みだからだ。
「もしかして気付いてました?」
「いいえ。ついさっき何となく…」
「やっぱりあなただけは違うわね。鋭いって言うのかしら。
でも興味本位で聞いてくることはないし、変な噂話も流すつもりがないのね。
さすがはプロと言うべきかしら」
夫人は嫌味じゃない口調でため息と煙を吐き出した。
「知ってる方は…」
「みんな知らないわ。あの人、外じゃうまくやってるから」
「離婚……されないんですか?」
その言葉を出すには軽率過ぎたかと思ったが、夫人は気にしてない様子で
「それも考えたけれど、息子が来年大学入試なのよ。不安定な時期にそんな話を出せないわ」
夫人はゆるゆると首を振った。
「お子さんはお一人ですか?」
私も受け取ったタバコを口に含んで聞いてみた。
「いいえ、二人。息子と娘よ。下の子……娘は高校に入ったばかりだし、産婦人科の有名教授の父親が外に女を作って離婚なんて知られたら
学校で苛められるに決まってるわ」
夫人は無理やり笑顔をつくって、でもその顔には疲れがにじみ出ていた。
きっとこの人は、今まで誰にもこのことを打ち明けられずにいたに違いない。
「相手は三十も下の水商売女よ。銀座のクラブで知り合ったって……あ……ごめんなさい」
夫人は私を見て恥じ入ったように俯いた。
「いえ、お気になさらず」
私の言葉にほっと安堵したように
「藤枝教授のように真面目で研究一筋ならこんなことにならなかったけれど、昔から女が好きで……」
この様子なら一度や二度ではないのだろう。
そう言うことならば、私の存在はさぞこの人にとって疎ましいものだろう。
早々にタバコを吸い終わらせて、本来の目的場所に向かおうとするも
「あなたも―――…」
突然聞かれて、私はタバコの灰を落とそうとしていた手を止めた。



