Addict -中毒-





こんな嫌味を言われるのは慣れている。


夜の世界はもっともっと大変だ。






温室育ちのお嬢様たちの嫌味なんて可愛いものよ。






「スイスは一人で行きました。藤枝は研究で忙しいので。


でも帰ってくると私は旅行での話、夫は研究についての話をそれぞれ話し聞かせて、


それぞれ全く無縁な世界ですので、二人とも新しい発見があってそれもまた面白いですのよ」


私がちっとも堪えてないと知ると、夫人たちは少しだけ顔をしかめて


「まぁ変わり者の藤枝教授で有名ですものね。


妻を監視するようなことなさらないようで。でも藤枝教授もしっかり見張っておかなければ、


ワルい虫がすぐに奥様に目を付けますわ」


夫人の一人がスーツ姿の男性陣に目を向けて皮肉そうに笑った。


蒼介を“変わり者”呼ばわりされたことにムっと腹が立った。


確かに大学内では変わり者かもしれないけれど、私には良き夫だ。


こちらを眺めながらひそひそとお喋りをしていた男性陣たちは、私たちの視線に気付くと慌てて視線を逸らした。


「おお、いやだ。男は美人に目がないものね」


「男は本能で子孫を繁栄させたがる生き物だからね。美しい人を見るとついつい本能が動くものだよ。可愛い生き物じゃないか」


会話を聞いていたのだろうか、初老の男性が話しかけてきて、


「ねぇ藤枝君。君も素敵な奥方を持って大変だ」と近くに居た蒼介を引っ張ってきた。


その初老の男性は産婦人科の教授だった。


彼の腕と名は日本でも有名で、これまで著名人の不妊治療を多く手がけて成功させてきた、その道の第一人者だ。


私がまだマダムバタフライでホステスとして勤めているときも、たまに顔を出してくれた。


教授と言う肩書きの割にはお固くなくてきさくな人だから私は彼が結構好きだった。


だが、このフランクな性格がお堅い教授会の中では少し敬遠されている。


有名だからと言う理由だけでみなちやほやしているだけなのだ。


その産婦人科の教授に話を振られて蒼介は「恐縮です」とぎこちなく頭を下げた。


「最高の賛辞だと受け取らせていただきます。先生、おかわりはいかがです?」


私は教授の手の中のグラスが空になっていることに気付いて近くのウェイターから新たなシャンパングラスを手に取った。


「やぁありがとう。さすが気が利くな」


「美人にグラスを取ってもうと気分が上がるが、私の妻もなかなかチャーミングでね」


彼は夫人の一人、さっきから黙って夫人たちの会話に相槌を打っていた女性を手で指し示した。


チャーミング、と言う言葉が似合う年齢ではなかったし、どちからかと言うと地味で目立たない雰囲気だったが


女性をさりげなく立たせてくれる言葉は嫌味を感じられない。


夫人は曖昧に笑って


「いやだわ、あなたったら」と恥ずかしそうに口元を隠した。


こう言うのを、おしどり夫婦と言うのだろうか。