Addict -中毒-



――――

――


ホテルの宴会ホールを借り切って、その入り口には「中央大学病院医学部教授親睦会」と恭しく看板が出ていた。


パーティーはビュッフェ形式で、この前の神流グループのパーティーのようにウェイターやウェイトレスが飲み物を乗せたトレーを持ってうろうろしている。


キャビアやフォアグラ、ふかひれやツバメの巣なんて普段では目にすることがない豪華な珍味たちが、これまた美しく皿に盛り付けてあるって言うのに、誰もあまり手を伸ばさない。


高価な味のするシャンパン片手にお喋りに夢中だ。


私は教授夫人たちが十人ほど集まった輪の中で同じようにシャンパンを傾けている。


「ではおたくはフランスでお正月を?」


「ええ、帰ってから主人と主人の親戚が集まって改めて料亭“きよし亭”で食事会を。お年始のご挨拶ですわ」


「まあ優雅」


“きよし亭”と言うのは調布に店を構える高級料亭だ。


一度だけお客様と同伴する際に連れていってもらったことがある。


一元さんお断りのその料亭で食事をすることはステータスであることを噂で聞いているけれど、値段だけがやたらと高くて味はそこそこだった気がする。


あそこだったら啓人が連れて行ってくれた、あの小さいけれどあったかくて優しい味を作り出すきさくな店主がいる小料理屋の方が何倍もおいしい。


彼らが気にするのは味ではなくて、その“名前”だけなのだ。


「藤枝さんはお正月どちらへ?お子さんがいらっしゃらないから夫婦お二人でのんびり海外旅行でも?」


適当に相槌を打っていた私に急に話を振られて、私はぎこちなく笑った。


「お正月は藤枝と義兄の家で過ごしました」


「あら、藤枝夫人は旅行がご趣味だと窺いましたけれど。最近どこか行かれました?」


一人が皮肉を込めて聞いてくる。


私は、わざわざ確認するまでもないけれど、


どうやら教授夫人たちに評判が良くないみたいだ。


裏では「水商売のホステスあがりが、うまく取り入ったわよね」と噂されているのだ。


「ええ、旅行は好きです。少し前はスイスに。贔屓にしているスパがあるので」


「まぁ。スパですって。羨ましい限りですわね」


「その美貌を保つのも大変そうですわね」


ほほっと笑い声が上がり、しかしその笑い声に敵意が含んでいた。


暗にそれ以外取り得がない、と言われている気がした。