気を遣わなくてもいい、と言ったけれど萌羽はコーヒーを入れてくれた。
上質な豆を使って、一番高いコーヒーカップに注いでくれる。
「姉さんがここに来た理由は分かってるわ。
私がご主人に姉さんの不倫をバラしたことを怒りにきたんでしょう」
萌羽はコーヒーカップを勧めながら淡々と口にした。
表情はなく、私は萌羽が何を考えているのか分からなくて怖かった。
「怒ってなどないわ。
悪いのは私よ」
何とか言ってコーヒーカップに口を付けると、萌羽の眉がぴくりと動いて、だけどすぐに同じようにコーヒーカップに口を付ける。
二、三口黙ってコーヒーを飲み、やがてはカップから口を離すと、萌羽は近くにあったタバコの箱を引き寄せて一本引き抜いた。
「私をバカな女だと思ってるでしょう。
好きな人の不倫を伴侶にバラして、いい結果なんて生まないのにね。
これじゃアキヨよりも酷い」
萌羽が自嘲じみて笑って煙を吐き出す。
「軽率なことをしたわ。
ホント…昔と何も変わっちゃいないわ、私」
私は萌羽の告白に黙って首を横に振った。
私は萌羽を責めることなどできないし、萌羽をバカな女だとも軽率だとも思わない。
だけど正しいのか、と言われればそれに対しても頷けない。
私はコーヒーカップに口をつけて、ここに来た本当の目的を口にした。
「蒼介から何もかも聞いたわ。あなたが教えてくれたこと。
そしてその後どうするつもりなのか、彼の意見を」
「どうするつもり?」
萌羽が興味深そうに目を細めて、口からタバコを抜き取る。
そのフィルターに赤いグロスがついていた。
まるで気持ちを切り離すように、萌羽の唇からはグロスの輝きが抜け落ちていた。



