そう言われることは何となく想像していた。
「萌羽、お願いよ。少しだけでいいの」
私が食い下がると、後ろに並んだ夫婦が怪訝そうにこちらを見ていて、私がちらりと後ろを見ると、
『―――分かったわ……でもちょっとだけ』
と萌羽がため息をつき、その数秒後にはエントランスホールの自動扉が開いて、私はその場から逃げるように慌てて自動扉の中に入った。
部屋が立ち並ぶ廊下を歩くと、JR山手線の浜松町の駅が見える。
遠くで山手線が行き来する音を聞きながら、私は萌羽の部屋のインターホンを押した。
「……姉さん」
萌羽はちょっと顔に翳りを滲ませて、扉を開けてくれた。
顔色が悪い。
それを隠す為に慌てて化粧を施したのか、無理やり乗せたファンデーションと濃い目の口紅が逆に痛々しい。
年末に会ったときよりまた一層痩せた気がした。
清潔感のあるリビングに通されて、
「散かっててごめんなさい」
私の予想通り、慌てて化粧をしたことを物語っているように、リビングのローテーブルには口紅とグロスが転がっていた。
その口紅は数ヶ月前に私が萌羽にプレゼントしたものだった。
プレゼントをする理由など特になかったけれど、萌羽は私にとって妹のような存在。理由がなくても彼女に合いそうと思った口紅を衝動買いしたのだ。
萌羽はそれを大事にしてくれているようで、今も大切そうに化粧ポーチの中に丁寧な手付きで仕舞いいれた。
「コーヒーでいい?」
「お構いなく。気を遣わないで。
それよりあなた、体調崩してるってママから聞いたからゼリー買ってきたの。
“後藤屋”のフルーツゼリー」
“後藤屋”と言うのは銀座にある老舗高級フルーツ店だ。
萌羽はそのお店で売っているゼリーをお店のお客さんに一度お中元でいただいてから、好きになったことを以前ちらりと聞いて覚えていたのだ。
「……ありがとう…」
萌羽はぎこちなく…しかし頬を緩ませて子供のように無邪気に笑う。
一瞬だけ以前の萌羽の影を見て、私もぎこちなく笑顔を返した。



