啓人が上着を脱いで、通路に並べられたベンチに無造作に放り投げる。
仕立ての良いアルマーニのスーツが台無しじゃない。
少しさびているのだろうか、以前は赤い色をしていたのだろうベンチは色あせていた。
その上に置かれた啓人の上着は酷く不釣合いだったが、敢えてそんな無造作なことを簡単にやってのける啓人がスマートに思えた。
啓人はネクタイを緩めて、ワイシャツの袖をまくるとバッターボックスに落ち着き、バットを構えた。
腕まくりをしたワイシャツからすらりと伸びるしなやかな腕には、力が篭っているのか血管が浮き出ていて真剣さを物語っている。
前方のピッチングマシンを睨むように目を細めて見据える啓人は、真剣そのもので、
こうやって見ると随分男らしい印象を受けた。
ガキのくせに。妙に色っぽい男だこと。
その様子をぼんやりとネットの手前で眺めていた私は、啓人の上着をひざ掛け代わりにしてベンチに腰掛けた。
「キャー!啓人かっこいいわよ!」
そう声を掛けると、啓人が振り返った。
「まだ何もしてマセンが」
目を離した隙にピッチングマシンからボールが飛び出て、結構な速さでネットに沈む。
バスっ
乾いた音がして、啓人が目を開く。
「余所見はダメよ♪ストラーイク♪」
そう言ってやると、啓人は「やられた」と言ってちょっと笑い、
「紫利って呼んだバツよ。かっこいいとこ見せなさい啓人」
そう渇を入れてやると、啓人は苦笑しながらも再びバットを構えた。
「手強いおねぇさまに格好いいとこ見せなきゃな」



