ついばむような甘いキスは長くは続かなかった。
何故なら信号が青になり、再び車が流れ出したからだ。
ケルティック・ウーマンの音楽は止まり、今はマライア・キャリーの“恋人たちのクリスマス”に変わっている。
啓人は名残惜しむように私の髪をそっと撫で、やがてハンドルを握った。
「残念。せっかく“紫利”がラブいこと言ってくれたってのに」
ハンドルを操作しながらぶつぶつ。すっかりいつもの調子に戻ってる。
ラブいって……
「“紫利さん”でしょ。呼び捨てにするのは十年早い」
私もいつもの調子を取り戻して言ってやると、
「ちょーしこきました」と素直に謝る啓人。だけどすぐにまたいつもの人懐っこい笑顔を浮かべると、
「じゃぁさ、十年後だったらいいの?」
とまたも聞いてくる。
ケルティック・ウーマンの透き通るような歌声と打って変わってマライアの声はしっかりと存在感と迫力を湛えた声だった。
アップテンポのリズムに私の気持ちも軽くなる。悪い意味ではなく、鉛のように重く沈んだ何か蟠りのようなものがふっと消えた感じ。
私は肩をすくめた。
「さあね。十年後まで続いてるかしら。十日後ってのも危ういわ」
私の軽口に、啓人は運転席で「ははっ」と大きな笑い声をあげると、
「やべぇ。テンション上がってきた!♪
俺やっぱ紫利さん好きだワ。
中毒になりそう」
にやりと不敵に笑って、でもその笑顔は色っぽくて―――
不覚にもまたその笑顔にドキリとさせられる私。
「中毒患者を面倒みれるほど私は暇じゃないの。早くいい男に成長しなかったらそのうち見切りつけるわ」
そう言ってやると、啓人はまたも豪快に笑った。
マライアの歌声と啓人の笑い声が車内を満たし、憂鬱だった私の心が晴れ渡る。
晴天の空のように―――青く澄み渡って



