啓人が振り返る。
少し驚いたように目を開いて、唇を結んだ。
啓人にとって私は己の欲望を鎮めるだけの、都合の良い女。
私は社会的にも地位のある夫をもつ女。
割り切らなければと必死に言い聞かせ、必死に押し込んでいたこの言葉。
たった一言、伝えることは私にとって大きな罪。
たった一言を聞くには彼にとってあまりにも重い言葉。
でも言わずには居られなかった。
彼に対する私の本音―――愛の告白をしたのは
あとにも先にもこの一瞬だけだった。
それでも後悔はしていない。
このとき言わなければ、きっと一生言えなかっただろう。
面倒な女だと思われても致し方ない。
「私を見て」なんて大それたことを言わない。だけど、この一言があなたの心に少しでも響いてくれたのなら、
それだけで私は十分。
啓人は少しの間、まばたきを繰り返していたが、やがてうっすらと笑みを浮かべると、
「うん」
たった一言囁いて、運転席から身を乗り出してきた。
啓人の香りが近づいてきて、私の頭を引き寄せる。
青い光の波の中、甘い口付けを交わした。
「俺も……俺も好き」
口付けの合間に聞いた彼の言葉
たとえ偽りだったとしても、その場限りいっときの感情だったにしても、
私には大切な大切な想い出。



