啓人が一瞬だけびくりと手を動かして、
「ちょっと待て!俺ぁマザコンじゃねぇぞ!?」
「はい、はい」
私は話半分で聞き流し、
本当に…そんなところも光源氏とそっくりだこと。
私は心の中でちょっと笑った。
「オベンキョ不足ね、啓人。出直してきなさい?」
そう言ってやると、啓人はおもしろくなさそうに唇を尖らせながらも大人しくあたしの隣を歩いた。
二人の歩調が同じリズムを刻み、広い館内に響き渡る。
光源氏と紫の上は歳の差にして八歳。
八年早く生まれた光源氏は、紫の君を娘のように、恋人のように妻のように―――育て上げた。
そこに深い愛情は不可欠だったけれど、
彼の愛の裏側には常に藤壺の宮が君臨していた。
紫はそのことを知らずして―――
幸せだったのだろうか。
私は啓人が私に、彼の母親の面影を見ているという事実に
少しだけ救われた。
彼が母親に見せる深い―――深い…愛情を
錯覚でも良いからあたしに見出してくれたこと。
それだけで
充分な気がする。



