啓人が私の肩に置いた手の力を緩めて、腕を滑り落ちていった。
ほんの少し目を開いて、啓人がまばたきをする。
「私とあんたが二人の関係だったのなら、私たちは永遠に一緒になることはないわね」
にっこり笑顔を浮かべたけど、私……うまく笑えたかしら。
男と恋物語について語るなんて、なんてロマンチックなことだろう。
大体男と女とでは恋愛の感覚が違うし、100%共感することなんてできないと思ってた。
それでも『いつかこんな風になりたいね』そんな気持ちを込めて、語り合いたかったのかもしれない。
だけど啓人と語った恋物語は、
「蝶々婦人」も「源氏物語」も―――……
どれもが悲恋だった。
それはいつか終わりがあることを、暗に語っているようだ―――
「ほら。ぼぉっとしてないで、次行きましょう?」
私は、今度は自分から彼の手を持って自分の肩に乗せた。
再び彼が元気を取り戻したように、さっきの調子で私を引き寄せてくる。
「さすが大人の女は会話もハイレベルだ♪オベンキョさせてもらいま~す」
私は思わず苦笑いを漏らして、悪戯っぽく啓人を見上げた。
「ついでに言うと、紫の上の“紫”ってどこからきた名前だと思う?」
「?最初からついてた名前じゃないの?」
「紫ってのは、光源氏がつけた通り名みたいなものよ。
長い間片思いしていた義理の母“藤壺の宮”と酷似していた彼女に、
藤を連想させる名前を与えたのが光源氏
いつの時代も男は母親の影を追うものねぇ」



