ドキリ…とした。
今更啓人の甘い言葉で、バカみたいに心が弾むことなんてないと思ってたのに。
この男は……予告もなく私の奥底に入ってきて、その心臓に思い切り爪を立てる。
「私が紫だったら、あんたはさながら光源氏ってとこ?プレイボーイのボンボンのところなんてぴったり」
内心のドキドキを悟られないため、私はわざと可愛くない素振りで啓人の手を払った。
「俺が光源氏?だったら尚更運命感じるな~♪」
なんて言って啓人はへこたれない。
再び私の肩に手を回して、引き寄せてくる。
私はちょっと啓人を睨み上げるた。
「まさかと思うけど、それを言いたいがためにここに連れてきたの?」
「まさか。それは全然考えてなかった」
と、啓人は苦笑いを浮かべる。
私は諦めて、啓人に肩を抱かれたまま歩くことにした。
肩を抱かれて歩くなんて、ほんと何年ぶりのことだろう。
恋人同士ですって大げさに宣言してるみたいで前はイヤだったけど、不思議―――
今、私は彼に抱かれてほんの少し心地よさを感じている。
「でもね。あなたは知ってる?彼女は兵部卿の宮(ヒョウブキョウノミヤ)が生ませた妾腹の子ゆえに、本当の父親から子供と認められず、その後光源氏が彼女を引き取るのよ」
「へぇ。詳しいね。でもラッキーだよね、彼女も」
なんて啓人が楽しそうに口に笑顔を浮かべる。
「ラッキーかしらねぇ。
あなたは知らないのね。
光源氏の寵愛を一身に受けて、世間でも光源氏の一の人と言われた彼女が―――父親に認められなかった故に、その低い身分で、
生涯愛する人の正妻にはなれなかったってこと」
死ぬまで、とうとう彼女はその座に座ることを許されなかった。
悲しい人………



