Addict -中毒-




東京国立博物館は平日と言うことだろうか、随分と閑散としていた。


明治五年に建てられた(一度再構築されてるけど)日本最古の博物館(本館)の作りは、どっしりとした構えで、威風堂々としていた。


だけど少しもけばけばしくないデザインとそれでいて優雅な存在感は、いつか見た…広尾に本社を構える神流グループの建物を思わせた。


照明を落とした室内は、博物館だということだろうか。空調がしっかり効いて、体に心地いい気温と湿度だ。


啓人と二人、ゆっくりとした足取りで展示物を見て回る。


今から十世紀も前に作成されたという日本最古の絵巻は、色あせていて全体的に色素が薄かった。


それでも時折、はっとするような美しい朱色を見たり、まるで淡い光を見ているような黄金色が浮きでていたり。


物語を見ると言うより、私はその色に惹かれた。


腰よりちょっと上の高さの展示品をガラス越しに眺めていると、今まで大人しく私のあとをついてきた啓人が、そっと私の肩を抱いてきた。




「“紫の上”ってさぁ、光源氏にすっげぇ愛されてた女だろ?」




肩を引き寄せて、少し私を覗き込むように見ると、啓人は口元に淡い笑みを浮かべた。


「まぁね。良く知ってるじゃない。おべんきょしてきたの?」


ちょっと意地悪く啓人の鼻先をつつくと、啓人はちょっとだけ肩をすくめた。


そして流れるような動作で、私の髪をそっと撫でる。




「紫の上ってさ、聡明で美しく―――優しい女だったんだってね。


同じ名前を持つあなたみたいにさ」