源氏物語は高校生のときに一度読んだきりだ。
現代と違って、平安時代の恋は実に複雑。
手紙で恋を語り、愛を謳い―――男と女のやりとり。
探りあい、押したり引いたり。まるでゲームのようだ。
季節の花々を贈る。琴などの楽器を弾いて聞かせる。気の遠くなる手紙のやりとり。
男たちは手練手管で女の気を引こうとする。
啓人は―――
現代の―――光源氏だ。
「待った?」
会社のすぐ近くのカフェで彼を待っていると、スーツ姿で啓人が現れた。
相変わらず憎らしいほど整った顔に、セクシーな笑顔を浮かべている。
私の大好きな笑顔。
自信に満ち溢れていて、女を誘うような…それでいてちょっと意地悪な微笑。
はにかみながら、控えめに笑う蒼介とは違う。
でも蒼介のたまに見せる笑顔は、子供のようであどけなくて、可愛い。
それを思い出して、
私は左手薬指をそっと触れた。
私の左手薬指で、蒼介との結婚指輪が冷たい温度を発していた。
啓人は私の指輪のことを一度も詮索してきたことはない。
何で外さないのか?とも、
旦那のこと大切にしてるんだね、とも。
見て見ぬ振りなのか、それとも無関心―――なのか………
彼の本心が分からない。



