啓人はチェアに座るわけでもなく、バルコニーの手すりに手をついてタバコを取り出した。
冬の冷気がひんやりと冷たいけれど、夜の風はこの上気した体に心地良い。
「こんなところに居ていいの?あんたを探してるかもよ?」
私も彼の隣で手すりに手を置いて、敷地にある噴水を見下ろした。
ライトアップされた噴水は、水しぶきの一滴一滴まで光が反射してとても綺麗だ。
愛を語るには申し分ない雰囲気だけれど、私にはそんな気がない。
忘れたかったのに―――
どうしていつもこの男は突然私の目の前に現れて―――私の気持ちを揺さぶるのだろう……
どうして忘れさせてくれないのだろう。
どうして
たくさんの「どうして?」が浮かび上がったのに、私は一番どうでもいいことを聞いていた。
「どうして言ってくれなかったのよ。あなたが神流 啓人だって」
口に挟んだタバコに火をつけながら、彼はゆっくりと顔を私に向けた
その表情がちょっと寂しそうに翳りを浮かべている。
照明のせいだろうか、と思ったけれどどうやら違うみたい。
彼の言葉は思った以上に力がなかった。
「言ったら、俺を見る目が変わるかなって思ってさ」



