パーティーが始まって30分ほど経っていた。
神流会長の計らいだろうか、女性オペラ歌手が深いボルドー色のドレスに身を包み、上品な歌声を披露している。
心地よい歌声に乗ったフレーズは…
いつか聞いた“オペラ蝶々夫人”の『ある晴れた日に』だった。
ようやく手のあいた神流会長が、パリッとした上質なスーツに身を包み、姿勢の良い格好で私の前に現れた。
「神流会長。この度はお招きいただきましてありがとうございます」
私は丁寧に頭を下げた。
「いや。こちらこそ来ていただいて光栄ですよ」
にっこり紳士的な笑顔を浮かべ、近くのウェイターのトレーからシャンパングラスを二つ手に取った。
その一つを手渡され、
「恐縮です」と受け取ると、神流会長はやはりどこか温かみのある笑顔で口元を緩めた。
「実はマダム・バタフライのママにあなたを呼んでもらうよう計らったのは私なんです」
え……?そんなことママは一言も……
「パーティーですから、素敵な華があった方がいい」
「いえ…そんな。わたくしなんて壁の花がいいところですわ」
恐縮して言うと、会長は少し恥ずかしそうに笑った。
「いや。大変お恥ずかしい話ではあるんですが、あなたは別れた家内に少し雰囲気が似ていらっしゃって」
「まぁ」
私は驚いた。離婚されていることは知っていたけれど、そんな話初耳だ。お店に居るときは私を贔屓にしてくださったけれど、そんな理由があったなんて。
「いや、もちろん家内よりあなたの方がお美しいし、話も面白い。いや、そんなことを申し上げると私が口説いているように思われるな」
会長はちょっと恥ずかしそうに綺麗に整えられた口ひげに手を伸ばした。
その照れた横顔にはちっとも下心なんて感じられなかった。
会長は―――まだ別れた奥様のことを―――
愛しておられるのだ。



