実は私は、さっきの女を二度程見ている。
一回はバーで、残りの一回はエレベーターの中で。
偶然…
本当に偶然、彼らとエレベーターに居合わせた。
彼は相変わらず飄々とスーツのポケットに手を突っ込んでいたけれど、女の方は彼にべったりとすりよっている。
「ケイト~あたしこないだみたいなスィートルームがいいな」
女が甘ったるい声を出して彼に抱きつく。
「んー。残念、急だったから今日は押さえられなかったんだよね」
彼はのんびり答えていた。
ケイト……
それが彼の名前か…
変わった名前ね。
名前も知らない…いや、たった今「ケイト」と判明した彼と一緒に、女は腕を取り合いすぐ下の階の客室が並ぶフロアに降りていった。
そのエレベーターに居合わせたのは、本当に偶然だったけれど、
私が“開”ボタンを押して彼らが降りるのを待っている間、
「どーも♪」と言って、彼はにやりと笑ったのを覚えている。
その不敵とも、色っぽいとも取れる笑顔に、一瞬居竦んだ。
―――そのときの笑顔を、彼は浮かべている。
「振られちゃった♪」
彼はにこにこしながら、スツールを降りるとちっとも不自然じゃない流れで私の横に腰掛けてきた。
ふわりといい香りが漂ってくる。
香水かしら。しっくりと落ち着く、セクシーな香りは彼にぴったりだった。
黒い髪から、水滴が滴り落ちている。
その水滴が淡くトーンダウンした照明に反射して、きらきらと輝いていた。
こう言うの何て言うのかしらね。
あ、そうそう。
水も滴るイイ男。
「当たり前でしょう?あんな言い方したら」
私は持ってきたバッグからハンカチを取り出した。
「まだ濡れてるわよ」
その手を彼が掴んだ。



