ホテルの窓を打ち付ける雨音だけが部屋を満たし、ぼんやりとしたナイトランプの明りだけが二人の顔を照らし出している。
啓人は私をベッドに座らせて、纏め上げていた私の髪の髪飾りをすっと取った。
パサリ…
僅かに濡れた髪からはほんの少し雨の匂いがした。
啓人と同じ―――匂い。
彼に口付けされ、そのままゆっくりとベッドに倒される。
啓人は私の体の上に跨ると、上着を脱いだ。
雨を含んだ上着をするりと腕から抜き取り、その瞬間上着から洒落た裏地が目に入ってきた。
それが高級スーツのブランドであることが分かる。
そう言えば―――彼はいつも上着を着ていた。
いつもきっちりとネクタイを締め、私の前で緩めることはなかった。
前に酔いつぶれて、二人で眠ったとき意外こんな風に緩まっている姿を見たことがなかった。
まるで仮面を付ける様に、彼はその姿を乱したことがない。
―――啓人が深い紺色のネクタイの結び目に指を滑り込ませ、ちょっと指を捻ってネクタイを緩めた。
昔は―――まだ18やそこらのほんの小娘だったときは、
大人の男のするこの仕草に随分憧れたものだ。
マダム・バタフライの女の子でもスーツ男のこの仕草には萌えるなんて、よく言っていたわね。
でもいつしか、私はこの仕草に何の感情も抱かなくなったし、そんな些細なことで胸を高鳴らせることもなくなった。
用はそれだけ歳をとったということだ。
だけど今―――私は彼のこの仕草を見て、
ドキリと心臓を跳ね上げさせている。



