彼の背中に手を回し、その引き締まった背中を懸命に抱き寄せる。
啓人も私を優しく抱きとめると、彼は私の背中を優しく撫で上げた。
「よしよし。もぉ大丈夫だから」
子供を宥めるような優しい口調に、「子供じゃないんだから」なんて思いながらも、
私は自分が少女のように泣きじゃくっているのに初めて気づいた。
怖かった―――
マダム・バタフライで働いているときはそれなりに迫られることもあったし、強引な客も居た。
だけど敷居の高い銀座のクラブで、それ以上を求めてくる無粋な客は居ない。
みんな立場をわきまえているし、銀座特有のルールみたいなものを重んじていた。
ルールに違反する場合、今後店には立ち入りできない。
店にはきちんとした黒服もいたし、裏でヤクザと繋がっているお店がほとんどだから、彼らも下手な真似ができないってこともあるけれど。
啓人の腕は相澤の乱暴な手と全然違った。
優しくて、あったくて―――安心する……
私が泣き止むまで、彼は「大丈夫だよ」と言い、ずっと背中を撫でていてくれた。
私が落ち着くと、啓人は
「もうあいつは来ないと思うけど、戸締りはしっかりね」と念を押して、
帰っていこうとする。
みっともなく泣きじゃくった私は何ともバツの悪い思いで、彼を玄関まで見送った。
玄関口で靴を履きながら、啓人はゆっくり振り返る。
「何かあったら、電話しろよ。別に何もなくてもいいけど」



