相澤は慌ててベッドから立ち上がると、衣服の乱れを直して何でもないように部屋を出て行こうとする。
その後ろ姿に向かって啓人は
「胡散臭くて悪かったな」とちょっと笑った。
しっかり……相澤の悪口が聞こえていたようだ。相澤はびくりと肩を震わせて、その場で立ち止まった。
「俺、デビルイヤーなの♪」いつもの軽い調子で私に笑いかけると、啓人は相澤の元へ歩いていった。
デビルイヤー…地獄耳。あんたいつの時代の男よ。と心の中で突っ込みを入れられるほど、私はいつもの調子を取り戻していた。
「いいこと教えてやる。俺の正体。俺はしがない外商員じゃねぇ」
何を言われるのかびくびくしている相澤は、さっきの勢いはどこへやら、怯える様に啓人を見上げている。
啓人は相澤の細い肩に腕を回すと、私に背を向け、相澤の耳に何かを囁いた。
何をしゃべっているの…?
啓人より頭一つ分低い彼の表情がぴくりと動き、今までにないほど顔面を蒼白にさせ、そして今度こそ慌てて部屋を飛び出していった。
「へっ。バーカ」
啓人は舌をべっと出し、逃げ去る相澤の背中に向けてあかんべをしている。
そしてくるりと振り返ると、私の元に歩いてきて、啓人はおもむろに私の手を握った。
いつもの挑発するような色っぽい握りかたじゃない。
包み込むような…優しくてあったかい手。
「もう大丈夫だよ。あいつはこれ以上何もしてこない」
オッドアイの綺麗な瞳を優しく緩めて、啓人が微笑んだ。
「………啓人…」
私は彼の手を握り返し、そして初めて自分から彼に抱きついた。



