慌てて手を離し、啓人を見下ろした。彼は私の反応を楽しむかのように口元に笑みを浮かべていた。


趣味の悪いオトコ。心の中で悪態をついて、ソファを立ち上がる。


インターホンのモニター画面で確認すると、蒼介の大学の院生の…相澤が立っていた。


相澤一人、蒼介はいない。


何しにきたの?


『藤枝先生の着替えを取りに来るよう先生に言われまして』と、相澤はにこにこ笑顔を浮かべている。


こうゆうことはたまにある。


蒼介が一週間も家を留守にして、研究から目を離せないときなど、相澤がおつかいにくるのだ。


「ちょっと待ってて」


そう言って私は、啓人の方を振り返った。


「お客?」彼は軽く肩をすくめて、ちょっと苦笑いを漏らした。


「残念だな」


私がその言葉に何も返さなくても彼は、ソファを立ち上がる。


「じゃ。俺帰るワ」


啓人を玄関口まで送って玄関の扉を開けると、相澤がびっくりしたような表情を浮かべた。


そしてすぐに怪訝そうに啓人を見上げる。


「それじゃ奥様。新作が発表されましたら、またパンフレットをお持ちいたします」


まるで人の良い営業マンのような爽やかな笑顔で私の方を振り向いて、そして相澤に軽く頭を下げる。


彼の口からすらすら出る嘘と、妙に飄々とした態度に私の方が少し面食らってしまった。


なんか…慣れてそうね。それが正直な感想だった。


啓人が門扉に向かう最中相澤は、啓人の後ろ姿を怪訝な視線で見送り、そしてそのまま私の方に視線を向ける。


「新作って?」


「彼、三越の宝石店の外商員よ。新作が出たからわざわざ勧めにきてくれたわけ」





―――私の舌も大抵嘘つきだ。