啓人は虚をつかれたようにちょっと面食らって私の方に視線を寄越した。
「ひでぇな。カマかけたのかよ」
「あんたがつまらない嘘つくからよ。いいじゃない、ピアノ弾ける男ってちょっとかっこいいわよ?」
それもちょっと弾けるって程度じゃないわね。
彼の場合耳もいい。
僅かな音の狂いを、確かに聞き分けた。
でもどうしてかしら?
何故嘘を着く必要があるのかしら?
ピアノが弾ける男は言ったとおり、かっこいいと思うし―――それだけで女を釣る武器になる気がしたのに。
「ピアノに苦い思い出でもあるの?」
「べっつに~」
彼は面倒くさそうに言って、それでも笑顔を向けてきた。
結局私もそれ以上は
聞けなかった。



