彼はギターを弾く(?)素振りを休め、私に笑いかけた。
「紫利さんは?ピアノ弾くの?」
「ちょっとならね。小学生から高校二年まで習ってた。一向にうまくはならなかったけど」
「へぇ。弾いてみせてよ」
彼がわくわくした様子で私を覗き込む。
「いやよ。もうなまってるし、人に聞かせるものでもないわ」
私がつんと顔を逸らすと、啓人は少しだけ微笑み、また鍵盤に指を落とした。
このグランドピアノはこの家に元々あったものだった。蒼介のお兄さんが嗜んでいたという話だが、腕前は正直それほどのものじゃない。
ポーン…と上質な音が一つ室内に響く。
音を聞きながら、啓人の眉がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。
私は腕を組んだまま、彼の横顔を見て
「G(ゲー)の音…少し狂ってるみたね。調律が必要だわ」と言った。
「そうかな?」と彼は何でもないように言って軽く流す。
私はちょっと眉をしかめると、苦笑いを漏らした。
「音符をドイツ読みで、Gって言ったのによく分かったわね。
あなたピアノ弾けないって言ったけど、
嘘でしょ?」



