慌ててその洋間を覗き込むと、啓人はグランドピアノの前に立ったまま指で鍵盤を弾いていた。
「何やってんのよ」
思わずため息が出る。
勝手に徘徊しないで。そう言いたかったけれど、私は言葉を飲み込んだ。
鍵盤に向かう彼の横顔から、表情がなくなっていたから。
私がすぐ近くに居たこと気づいているくせに、彼は顔をあげようともしない。
ただじっと白と黒の鍵盤を無表情に見据えている。
こうゆうとき……何を考えているのだろう。
私は彼の頭の中を覗きたくなる。
心を読みたくなる。
でも啓人は決して考えを私に伝えることはないし、心の内を見せることもない。
諦めて私は扉にもたれかかると、腕を組んだ。
「ピアノ…弾けるの?」
私の問いかけに啓人はようやく顔をこちらに向けた。
顔にはいつもの笑顔。
「ピアノ?弾いたこともないよ。あ、でもあれは得意かも」
「あれ?」
啓人はにっこり笑って鍵盤から手を離した。
「エアギター」
そう言って、彼はある筈もないギターを構える振りをした。
体をちょっと逸らして、弦を弾く素振りをする。
「ぷ」
私は思わず吹き出した。



