リビングのソファに啓人を座らせて、私はその奥のキッチンに向かった。
「広い家だね。旦那の持ち家?」
「ええ、まぁね」
気の無い返事を返して私はコーヒーの豆を探す。
いつも姑に出すインスタントではなく、わざわざブラジルから取り寄せた高級なコーヒー豆。
システムキッチンの棚を開けながら…
私、何やってるのかしら。
と、ふと冷静な自分が居ることに気づく。
蒼介を裏切っているという自覚はある。
後ろめたい気持ちも持ち得ている。
でも私と啓人の関係は―――不倫ではない。
………今のところ。
だけど啓人を家にあげることは、ルール違反に違いない。
ちらりとリビングを振り返ると、彼は興味深そうに辺りにキョロキョロと視線をやっていた。
想像もしなかった。
彼がこのうちに来るなんて―――
それはあってはいけないことだったし、第一彼が嫌悪するかと思ったから。
だけど啓人はこの状況を嫌がってはいなさそうだし、むしろ楽しそうにしている。
ヤカンに湯を沸かしていると、遠くの方でピアノの音が聞こえた。
啓人の方を振り返ると、ソファに彼の姿はなく、私は慌てて辺りを見渡した。
ポーン…と鍵盤を叩く音がして、リビングの隣にあるもう一回り大きい洋間の扉が開け放たれていることを思い出した。
そこにほとんど使われることのないグランドピアノが置いてあったのだ。



