慌てて玄関の扉を開いたものの、まだ外は明るい。
犬の散歩やら買い物をする主婦やらが、通りかかっている。
「へぇ綺麗な家だね」
と、啓人はまじまじと奥の廊下を眺めている。すぐにでも引き返すつもりはなさそうだ。
ここで帰すのはどうかと思われた。荷物も持ってもらったままだ。
「お茶でも飲んでいく?コーヒーぐらいなら出せるけど」
私は吐息を一つついて、彼を見上げた。
「マジで?旦那は?」
彼の口から旦那の存在を示唆されたのは始めてのことだった。
それがまっとうな考えであり、常識だ。
だけど私は彼の口からそんなことを聞きたくなかった。
「毎日研究で帰ってこないわ。嫌ならいいけど」ぶっきらぼうな口調で言って乱暴にスーパーの袋を取り上げる。
だけど啓人は言葉とは裏腹に帰る気配を見せなかった。
「研究って、科学者?」興味を持ったように、にこにこ笑いかけてくる。
「まぁそんなところね。大学病院の医学部で教授をしてるの。毎日難しい研究ばっかりだわ」
蒼介は帰ってこない。
私はこの広い家に一人きり……
感情をなくした目で彼を見上げると、彼はちょっと複雑そうに笑った。
「へぇすげぇな。俺とは別世界だ」
「ま、あなたには向いてないでしょうね」
嫌味を言ってパンプスを脱ぎ、私はフローリングにあがった。
「で?入るの?入らないの?」
ちょっと冷たく彼を睨むと、彼はにこっと微笑み、
「お邪魔します♪」
と言って靴を脱いだ。



