僕は翌日、彼女の入院する病院へと向かった。順番が入れ違ってしまったが、彼女に重要な言葉を告げる為だ。
 夏場の日差しを遮ったカーテンがクーラーの風でふわりふわりと揺れる。僕は意を決して、何気ない素振りを見せながら彼女の部屋に入った。
「あら、なおちゃんじゃない」
「やあ、調子はどう?」
「うん、私は元気だよ」
 僕はその答えを聞いて、安心した。少し胸の閊えが取れたような気がする。
 僕は思い切って、自分の素直な気持ちを彼女に投げ掛けた。
「ノリちゃん。退院したら、僕と一緒に暮らさないか?」
「ええ。でも私でいいの?」
「うん。『君』がいいんだ」
「私?嬉しいわ」
「病状はどんな感じだい?」
「今、歩けるようになる為のリハビリ、頑張ってるんだ」
「そうか。ノリちゃんならきっと歩けるようになるよ」
 僕は看護師さんに『ちょっと彼女と二人、病室を出てもいいですか?』と言って、車椅子を貸してもらった。病院の庭には僕と、彼女の二人だけ。僕は彼女の乗る車椅子を押しながら、彼女と同じ方を向いていた。
「今、働いているんだ」
「どんな仕事?」
「鳶の仕事。ちょっと今は休暇をもらってるんだけどね。でも本当は作家になりたいんだ」
「作家かぁ……何か格好いいね」
「そして競馬でも一山当てる!」
「ははは……なおちゃんなら何だって出来るよ。私、信じてるもん」
 僕は彼女に背中を押されて、踏ん切りが着いた。今、口座に残っている全額五十万を競馬に突っ込む。もし負けてもカッちゃんのところに戻って一から始めればいい。それにもし勝てたら……
 僕の夢は膨らんだ。
 翌日向かった東京競馬場でいつものように馬券を買い、祈るような気持ちで見詰めた第九レース。僕の予想は見事に的中し、五十万は四百万に化けた。
 これで俺の買い方が出来る。
 その後も僕の予想は的中し続け、三ヶ月が過ぎた頃には、『結婚』の二文字も見えてくるようになった。