た。幻聴ではない。確かに『ノリコ』と、名前がはっきり聞き取れた。
 僕は噂話をしている職員を捕まえ、問い質した。
「彼女……ノリコさんがどうしたって?」
「いえねぇ……ノリコさん。また入院だって」
「そんな……どこかの精神病院か?」
「そうじゃなくてね。昨日の晩、交通事故だって」
「彼女の容体は?無事なんでしょうね!」
「重体だって。でも詳しい容体までは……」
「病院の場所、解りますか?」
 僕は入院先の病院を聞き出し、センターを飛び出して行った。時間は既に夜七時。センターを飛び出そうとした僕を職員が止めようとしたが、僕はそれを振り切ってタクシーに飛び乗った。僕が病院に到着した八時には、既に一般の面会時間は終わっている。僕は『家族』として、面会に臨んだ。
 病室のノリちゃんは、明るく『ありがとう』と言って迎えてくれた。センターで『重体』と聞かされていた僕は、明るく振る舞う彼女の姿を見て、やっと正気を取り戻した。
 帰りに『ちょっと』と医師に呼ばれ、連れて行かれた医務室で、僕は衝撃の事実を聞かされた。『家族』と偽って入った病院。当然、現実も受け止めなければならない。
 彼女は二度と自分の足で立つ事は出来ない。
 精髄を損傷し、下半身はもはやまともに彼女の身体全体を支えるだけの力はない。
 僕は目の前が真っ暗になった。
 彼女は昨晩、僕が寝たのを確認して、ひとりで煙草を買いにコンビニに向かい、車に引かれたのだそうだ。睡眠薬と酒の取り合わせが最悪の事態を引き起こす事を知らない僕ではなかったはずなのに……止められなかった。
 全ては僕のせいだ。
 僕はタクシーで真っ暗な自分の部屋に戻ると、睡眠薬を瓶ごと一本煽り、ガス栓を捻って眠りに付いた。


    *  *  *