ノリちゃんはその日、僕の通う地域支援センターにやってきた。電車で何駅か乗って桜上水まで。院内で友達の少ない彼女に、ケースワーカーが紹介してくれたのだ。その日はただ見学にくるだけのつもりだったらしい。
 二階への階段を上ろうとして、階段下でたむろする僕の姿が目に入った。
 実は僕のその時、彼女の存在には気付いていたのだが、『まさかノリちゃんが』と云う気持ちの方が強く、頭で強く否定していたのだ。
 職員との面接を済ませ、彼女が僕の横に座った。僕もさすがにその時点では疑う余地がなかった。
「井上さん?」
「ああ、ノリちゃん。久しぶり」
「うん」
「元気だった?」
「私も病気になっちゃった。元気なわけないでしょ?」
「そりゃそうだ」
「井上さんの方は?」
「僕?元気だよ。毎日充実してるし」
「そう……」
 彼女は俯いたまま、ケースワーカーに引率されてセンターを出て行った。
 それからと云うもの、彼女は毎日、センターに通うようになった。こうして会っている間だけは元のノリちゃんに戻る。とりとめのない会話に花を咲かせ、次第に僕らは昔に戻っていた。
 一ヶ月くらい通っているうちに、彼女の気持ちも少しは解れたようで、僕をアパートに誘ってきた。
「今日、これから家こない?」
「いいのか?」
「うん。ここから一時間くらい掛かるけど」
「解った、行くよ」
 僕らは少し早めにセンターを抜け出すと、彼女のアパートに向かった。
 駅から十分ほど歩く。僕らは二人とも昔から甘党なので、途中、和菓子屋に寄り、みたらし団子を買った。
 彼女の部屋は一階の角部屋。時折立ち寄るデイケアの人に監視されているようで、気の休まる時がないそうだ。見回してみると、結構いい部屋だ。これで五万なら納得の物件。邪魔者《デイケア》さえこなければ、僕も引っ越してきたいくらいだ。