結局、世の中そんなに甘くはないようで、落選を繰り返し、それでも『これはどうだ』と意気込んで応募した詩集も、見事に落選通知が届いた。
 そんな四月のある日の午後、突然、僕の部屋の電話が鳴った。
「すみません。井上さんのお宅でしょうか」
「どちら様ですか?」
「これは失礼しました。私、日本文学館のタナカと申します。ちょっとお時間、よろしいですか?」
「あ、はい」
「いやぁ……実に素晴らしい作品を読ませて戴きました。私、正直感動しましてね。つきましては、今度、少々お会いできないかと」
「でも、僕の作品。落選しましたよ?」
「ええ。私は推したんですよ。私の力不足で申し訳ない」
「まぁ僕の力不足なわけだし」
「そう仰らず。ものは相談なんですが……後の話は今度お会いしてからにしましょう」
 僕は半信半疑のまま、新宿にある日本文学館を訪れた。僕の名前を出すと、タナカさんが奥から書類を抱えて飛び出してくる。
 広間に通され、目の前に広げられたパンフレットには『共同出版』とある。タナカさんはそれを手に取って、僕に説明し始めた。
「この度はご足労願ってしまって申し訳ない」
「いえいえ。それよりこの『共同出版』とは何ですか?」
「ああ、はい。共同出版とは、先生のような素晴らしい作家さんの後押しをする画期的なシステムです」
「へぇ……僕が『素晴らしい作家さん』ですか?」
「ええ、そりゃもう。先生の作品。全て読ませて戴きました。実に素晴らしい。これが世に出ずして感動はありません」
「そんなに?」
「はい。尽きましては出版費用として五十万。その売り上げは先生と当社の折半です。先行投資がほんのちょっと掛かってしまいますが、これも先生の素晴らしい作品を多くの人に認めてもらう為のもの。決して高くはないと思いますが……」
 僕はタナカさんに勧められるがまま、契約を交わした。福祉課の世話になっている身分でこの金額は……とも思ったが、『せっかくのチャンス』と何度も言うので、次第にその気になってきた。