僕が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。拘束具で縛られ、身動きが取れない。たまたま巡回にきた“お節介な”看護師が僕を発見し、蘇生を施してくれたお蔭で、一命を取り留めたらしい。
 まだ『こちらにはくるな』と云う事か。
 やれやれ、女心と云うものは、かくも不可思議なものだ。
 僕は施設の充実した病院に移される事になった。
 世田谷の都立松澤病院。
 広大な施設にはテニスコートも畑もある。
 高いフェンスに囲まれている事を除けば、ここでの生活は外とあまり変わらない。
 但しその“自由”は軽度の人間に対してだけのものだ。
 僕は腕時計もベルトも、考えられる“自身を傷付けかねない”物を全て奪われ、『監視室』と云う名の独房に放り込まれた。分厚い壁を蹴飛ばしても叩いても、恐らく監視しているはずの看護師が現れる気配がない。
 取り敢えず暴れられるだけ暴れて、少しぐったりした頃になって、やっと看護師が食事を持って入ってきた。少し離れた場所にトレーごと置くと、そそくさと消える。
 時計もない。今が朝なのか夜なのかすら判らない。窓もないその部屋には、どの時間であっても煌々と灯りが着いている。
 診察と食事以外、人が入ってくる事はない。
 僕の精神は次第に絶望感に浸食され、だんだん全ての事がどうでもよく思えるようになってきた。
「どんな感じですか?井上さん」
「どうにも落ち着かなくて……」
「もう少し様子を見ましょうか」
「はい……」
 力なく答える僕を残し、こうして毎日の診察が終わる。その後に訪れる冷たい沈黙は、恐らく正常な人間でも狂わせるほどの拷問だ。
 僕に時間の観念が戻ったのは、それから二週間が過ぎた日の事だった。