退院してからの僕は、精神的にも安定していた。入院中に使わず貯めていた金が銀行には残っているし、福祉手当と合せれば家賃を五万二千円毎月払っても十万近く浮く。何より石神井公園は物価が安い。自炊で済ませれば、それこそ年五十万単位で貯金が増える計算だ。尤も“競馬さえやらなければ”だが。
 石神井公園で日向ぼっこをしようとベンチに座り、何をするでもなく公園の小高い丘を眺めている僕の斜め後ろに、灰色のコートを着た女性が立っていた。
 何もこれだけたくさんのベンチが並んでいるのに、どうして僕の近くなんだろう……
 そう考えていた僕に、女性が話し掛けてきた。
「あの……もしかしたら、なおとさん?」
 聞き覚えのある声だ。僕が横を向くとそこには、青森に残してきたはずのノリちゃんがいた。
「ノリちゃん?」
「はい。お久しぶりです」
「おお。元気だった?」
「ええ。なおとさんもお変わりなく」
「しかし、偶然ってのもあるものだな」
「なおとさん。こんな場所で、どうなされたのですか?」
 彼女は終始、丁寧な言葉遣いで僕に接してくる。無理もない。あれから五年。僕にも色々あって、ここ三年は連絡すら取っていない。
「ノリちゃんこそ、どうしてここへ?」
「……色々ありましてね。私、この近所に住んでいるんです」
「へぇ……だって一昨年結婚したんじゃなかったのか?」
「別れちゃいました。子供はいないんですけどね」
 青森の友人から、彼女が一昨年、父親の奨めでお見合いをし、結婚したのだと聞かされていた。当時は多少のショックもあったが、忙しさの中で、それは次第に薄らいで行った。