「なぁ、カッちゃん。俺さ、何か悪い事したかな……」
「俺にか?」
「いや、ニュースとか新聞とかさ」
「いや、観た事ないよ」
「そう……何かおかしいんだ、俺」
「……解った。すぐこい!」
「うん……今から行くよ」
 埼玉までの道すがら、相変わらず誰かにずっと後を着けられているような感覚が消えない。時々、電話ボックスの陰に隠れたり、トイレに駆け込んだりしながら、それでもやっとの思いで埼玉のカッちゃんの部屋まで辿り着いた。
 カッちゃんは心配して、僕を部屋の前で待っていて迎え入れてくれた。僕は顔を隠しながら、慌ててカッちゃんの部屋に駆け込んだ。
 カッちゃんの部屋は伯父さんが経営する土建屋の飯場で、彼は単身、ここに住んでいる。
 伯父さんの家の賄《まかない》さんが、僕の様子を見ながら、ボソッと『ありゃシャブ中毒だな』とカッちゃんに呟いた。
「シャブか……俺が確かめてみるよ」
 カッちゃんは僕を先に風呂に入るように促し、自らも後から入ってきた。僕の腕に注射の跡がないか、確かめる為だ。
 僕に注射の跡がないのを確かめて、安心したような顔で背中を流してくれる。その日は僕の為に布団も借りてきて横に並べて敷いてくれた。思えばカッちゃんとこうして枕を並べるのも久しぶりだ。
 夜中になると、またどこからともなく社長の声が聞こえてきて、僕の睡眠の邪魔をする。
 結局、この日も一睡も出来ずに朝を迎えた。
 僕は仕事に行くカッちゃんを見送って、窓辺でひとり、外を眺めていた。
 道行く人々が皆、僕の方を見て冷めた視線を投げ掛ける。僕は思わず窓を閉め、身体を丸くして部屋の隅に居場所を決めた。
 そうこうしているうちに、心配したハルオちゃんも、カッちゃんの部屋に飛んできた。やはり様子のおかしい僕の顔を見て、その日は終始無言のまま、ずっと僕のそばにいてくれた。思えば声を掛け難かったのだろう。