あれだけ意気込んでやってきたものの、東京はそんなに甘い場所ではなかった。今までなら拳ひとつで何でも解決出来たが、ここではそんな事は許されない。
 先輩の執拗ないじめ。
 逆らう事の出来ない上下関係。
 いつしか欲求不満が爆発し、意志の赴くまま放った拳は、上司の頬を貫いた。
 もうここにはいられない。
 飛び出すように会社を出た僕は、ハルオちゃんと一緒に、その日のうちの退社届を提出した。こんな店、二度とくるものか。
 就職祝いに両親からもらった金も、ハルオちゃんと一緒に行った競馬で使い切ってしまった。このままだと僕ら二人して路頭に迷う事になる。
 上野駅の公園口で新聞を広げ、次の就職先を探している僕に、ヤクザ風の男が『仕事が欲しいのか?』と言って声を掛けてきた。所謂『手配師』だ。日雇いの仕事を斡旋する代わりに、収入の一部を徴収する。
 財布の中を見ると、なけなしの一万円札だけが目に付いた。意の僕にとっては、これが全財産だ。
 『着いてこい』と言う男に従って通されたマンションの一室では、水商売風の女性がテーブルの奥に座り、僕と同じように集めてこられたと思しき男達が、その前でインスタントラーメンを啜っている。僕も彼らに混ざってインスタントラーメンを食べ終わったタイミングを見て、さっきのヤクザ風の男が、『喰い終わったんなら行くぞ』と言って、僕らをワゴンに押し込んだ。
 時間にして一時間くらい。
 連れてこられた場所で寄宿舎に詰め込まれ、作業着を渡された。『明日からここで働け』と云う事らしい。後で判った事だが、ここは千葉県。上野からなら大した距離ではないが、既にここは東京ではない。
 急に連れてこられた場所で、僕はその晩、一睡も出来なかった。朝は六時前に叩き起こされて、朝食を済ませておかないと、その日は朝飯抜きになる。それではとても体力的に保たない。僕は急いで飯を掻き込んで、時間的に少しだけ余裕を作った。
 現場はここから車で四十分。仕事が始まる八時まで少し余裕がある。現場近くのコンビニでコーラを買って、現場横のプレハブに設置された冷蔵庫に名前を書いて放り込んだ。
 いよいよ仕事の時間。