あれは、ほんの気紛れだったんだ。いや、あれこそが俺の素直な気持ちだったのかもしれないな。
 ともあれ、彼が俺の影走りを真似た時は、本当に驚かされたよ。体重の乗せ方、勢いのつけ方、体さばき、どれを取っても素晴らしかった。俺のジャンプを単に真似ただけでなく、独自の改良が見られたね。あれは、その場の機転だけじゃない。日頃から、何千回何万回と頭の中でシミュレートし、しかもそれを実践していないと、そうそう出来る事じゃあない。俺だって、影走りを修得には二年の歳月をかけたんだ。簡単に真似できるような技じゃないのさ。
 ただ、これは後で知った事なんだが、彼はソードにも出場していたそうじゃないか。全国大会の猛者を蹴散らす片手間で、俺に挑んだんだってな。体力も気力も保つはずない。
 彼の改良された影走りが俺の記録を塗り替えた直後、力尽きた彼は空中で姿勢を崩し、そのまま落下した。知っての通り、アローは高く跳ぶだけの競技ではなく、着地に成功して初めてスコアが成立する。あの高さから落ちれば、上手く受け身をとったとしてでも無傷では済まなかっただろう。そして、彼の叩き出したスコアは無効となり、俺が勝つはずだったんだ。
 俺は、どうして助けてしまったんだろうな。咄嗟に体が動いてしまったんだから、仕方が無いのだが……彼を空中で受け止めて喝を入れた代償に、俺が着地に失敗し、足を折って引退だ。代わりに意識を取り戻した彼は、空中で器用に体勢を整え、ハーフパイプを滑り降りた。希望と、可能性と、そして何より彼の努力を、俺は無に帰したくなかったんだろうな。
 そうさ。彼の本当の才能は、抜群の運動センスでも、歳不相応とも言える冷静な分析・判断力でも、何者にも臆さない鋼の心でも、ましてや驚異的な成長速度でもなかったんだ。肝心な時に実力を、いや、実力以上の結果を叩き出せるだけの地力、それを養ってきたたゆまぬ努力を続けた事が、続けられた事こそが、彼を天才たらしめた所以だと俺は思っている。
 あれから十年か。彼は今、何処で何をしているのだろうな。共にもっと語り、共にもっと走りたかったものだよ。