エアスラストとは、独自の規格の内で改造されたスケートボードを用いる、四種の競技を総じて呼ばれている新しいスポーツであり、それぞれは速さを競う“ランス”、高さを競う“アロー”、技術を競う“ソード”、そして総合力とチームワークを競う“ハルバード”という。競技によってボードを削って軽くしたり、逆にウェイトを乗せて加速力を得たり、表面積を増やして滑空性能を高めたり、といった改造が許されている。
 エアスラの全国大会の観戦に来ていた僕は、この日、かつてない程の大ピンチに陥っていた。
 両手には、金属繊維が表面に縫い込まれたラバーグローブ。背中には、僕の身長程もある、明らかにサイズが合っていないエアスラボード。そして両足が踏みしめているのは、地面に引かれた白いライン。僕の左右には老若男女、日本人から外国人にいたるまで様々なランナー──エアスラの選手が並んでおり、要するに、僕もランナーの一人としてスタートラインに立っているのだった。
 目の前には、スケボーのハーフパイプを更に引き伸ばしたような物が並列にたくさん連結されており、僕は今からこのコースを走り抜けなければならないのだ。それも、誰よりも速く、誰よりもテクニカルに。
 コース内には大小様々なフラッグが立ててあり、このラバーグローブで触れればフラッグに仕込まれた電飾が点灯する、という物。電飾は一番最初に触れた人のみが点灯させる事が出来、“ソード”とは、同時に走る誰よりも多くのフラッグを点灯させた者が勝ち、という単純明快なものだ。
 僕の右隣には、背の高い黒人の男が退屈そうな顔で突っ立っている。そのくせ目だけはギラギラと闘志をたたえており、その猛獣のような瞳はコース内のフラッグのみを捉えていた。他のランナーなんて取るに足らない、そんな目だ。そしてそれは、彼の実力からすればきっと事実なのだろう。
 左隣には、中年の男と僕より幾つか年上と思われるお姉さんが控えていた。中年の男は入念にボードのチェックを繰り返しており、女性の方は目を閉じて精神を落ち着かせている。
 いずれも、百戦錬磨のランナーなのだろう。経験の差、体格の差、そして僕が抱える致命的な爆弾。どれを取っても、僕には不利な戦いだった。だから僕は下手な小細工は避け、自分に出来る精一杯をやり遂げようと誓ったのだ。
 ……そう、彼の為にも。