「あ、由加。一つだけ聞かせてくれよ」
「ん? なにかな?」
 今さら聞きたい事?
 もう答えは分かってるんじゃないのかな?
 と聞きたいのをぐっと我慢して、大樹に言葉を促す私。
「昨日、何で家に帰らなかったんだ?」
「なあんだ、その事かあ……だってウチ、いま結界切らしてたんだもん。まあ、確かに走り疲れたってのもあるけど」
「結界?」
「私の家──と言うか私の部屋の隣、用水が通ってるじゃない? 大量発生してるんだよね、吸血鬼」
「ははあ、なるほど結界か」
 ネタは割れてんだし、流石に通じたみたいだった。
 うんうんと頷く大樹。
 ってか、扇風機の風で消えちゃうなんて、なんてもろい結界なんだろう。
「なんなら持ってけよ、結界と吸血鬼用の治療薬。俺の部屋、まだ予備があるし──あ、もしかしてテレビで注意を呼びかけてるって、テレビCMの事か?」
 結局、全部見破られてしまった。
 敵わないなあ……
 ありがと、と言って私は二つの小道具を受け取る。
 結界と秘薬。
 緑の渦巻きとチューブに入った膏薬。
 どちらもテレビのCMでお馴染みの、大手有名メーカーの製品だ。
 夏場の吸血鬼にはコレが効く!
 ……とか何とか。
 潰れた昆虫の死骸が三つも付着した新聞紙をゴミ箱に投げ入れ、彼に別れの挨拶を告げ、私は彼の部屋を後にした。
 受け取った蚊取り線香と消炎軟膏は、ほのかに夏の香りがした気がした──